朝ドラ『スカーレット』にみる昭和30年代の家庭科教員採用事情のお話。

今週(2019年11月27日)放送されたNHKの朝ドラ『スカーレット』で、主人公・川原喜美子(演:戸田恵梨香)の妹の百合子(演:福田麻由子)が家庭科教員を目指して短大(滋賀県立短期大学)への進学を希望するも、家族の反対により阻まれるというストーリーが描かれた。

J-CASTニュース「〈スカーレット〉(第51話・11月27日水曜放送)
百合子の進学の夢に父ちゃんは「カネないて」と猛反対する。喜美子は「うちが稼いで短大も行かしたる」と励ますが…」

どの程度リアリティがある話なのか、と疑問に感じた視聴者もあったかもしれない。昭和30年代に家庭科教員になるにはどのようなルートがあり、どのような進路の可能性があり得たのだろうか。ひとまず(百合子がなりたいのが中学校教員なのか、高等学校教員なのかは不明だが)高等学校の家庭科教員を志望しているものとして話を進めたい。


下の表は、昭和31年度に新任の女性家庭科教員を迎えた、とある地方の高等学校(12学級)の教職員名簿から、家庭科教員3名を抜き出したものである。

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1人目のA先生はピカピカの新任教員で23歳、学歴は「X女大卒」とある。X女大、つまりX女子大学は新制大学で、前身は県立の女子専門学校(女専)であった。旧学制下ではわずかな例外(女子高等師範学校、帝国大学の狭き門)を除いて「女専卒」が女子の得られる事実上の最高学歴であった。学制改革により多くの公立女専は女子短期大学や女子大学となった。このような公立短大の専攻科・助教諭課程、あるいは公立女子大学で家政学を修めるのが、高等学校の家庭科教員となる第一のルートである

先輩のB先生の学歴は「Y女高師卒」とある。女高師というとふつうは女子高等師範学校を連想するが、ここでは女専の高等師範科を意味する。つまり、BさんはY女専の高等師範科を卒業して昭和19年度に着任したということになる。Y女専は私立の女専でのひとつである。私立の女専は数多あるが、歴史ある3校を挙げると、日本女子大学校(のちの日本女子大学)、帝国女子専門学校(のちの相模女子大学)、神戸女学院専門学校(のちの神戸女学院大学)がある。高等学校の家庭科教員となる第二のルートは、私立の女専とその後身の私立女子大学を卒業することである

3人目は最年長のC先生で、「Z青師卒」とある。青師は青年師範学校で「Z青師」は官立の青年師範学校である。青年師範学校は学制改革後に国立大学の一部となり、現在も最大の教員供給源であることは周知のとおりである。最後のルートは師範学校や国立大学学芸学部を卒業することである

なお蛇足だが、この学校に勤務する教員28名のうち女性は7名、内訳は家庭科3名、体育科1名、養護教諭1名、実習助手が2名であった。1学年4学級に対し家庭科の専任教員3名は多いようにも感じるが、この時期の高等学校では女子は非常に多くの家庭科の授業を課せられていたことによる。


経済的余裕のない川原家にとって、3つのルートのうち実現可能性があるのは公立女子(短)大へ進学するという選択肢になる。滋賀県立短期大学は自宅から通学可能な唯一の公立短大で、これは合理的な選択といえる。それでも百合子の提案は家族からの猛反対を受けた。私は、百合子の家族がとくべつ無理解だったとも無知だったとも思わない。なぜなら、現在傘寿を迎えた昭和30年代の新任家庭科教員たちは一様に、進学や就職に際して家族から反対された経験を語るからである(もっと若い世代だってそうだ)。もちろん、現代の視点からは「無知」「差別」という評価を受けるのかもしれないが、当時としては百合子のように家族の「常識的な」説得により夢を断念した者がそうしなかった者よりはるかに多かったであろうことは想像に難くない。

しかし、朝ドラは現実ではなくテレビドラマである。虚構である。フィクションである。空想の産物であり、夢物語である。見事に伏線が回収され、百合子が家族の理解と支援を得て家庭科教員となる将来を期待したい。

給特法改正による教員の「働き方改革」に賛成する!お話。

給特法の改正による「働き方改革」が,現在(2019年11月)会期中の臨時国会で審議されている。これは,本来は地方公務員について適用されない「一年単位の変形労働時間制」を定めた労働基準法第32条の4を公立学校教員にのみ適用できるよう法改正を行うというものである。

教員に対する「一年単位の変形労働時間制」の適用については,その必要性が判然としないばかりか労働条件の悪化につながりかねず,当事者である教員からも反対意見が目立つ。

ところで,本エントリは給特法の改正による「事業場外労働の一部みなし制」の導入と積極的活用を主張するものである。

要旨

給特法の改正により「一年単位の変形労働時間制」が導入された場合には,教員の常態的な「事業場外労働」に対する「一部みなし制」を導入できるように給特法改正を行うべきだ。

 

1. 「事業場外労働の一部みなし制」とは何か?

事業場外労働のみなし労働時間制」とは,事業場(会社)の外で労働した場合に所定の時間労働したものとみなす制度である〔労働基準法第38条の2〕。例えば,新聞記者や外勤営業のように,仕事中に会社の指揮監督が及ばないような職種で導入されている。新聞記者は一切出社せずともあらかじめ予定された取材をこなし記事を執筆したことで,所定の労働時間(例えば8時間)労働したものとみなされる。1日の労働時間のうち内勤と外勤が組み合わされている場合には「一部みなし制」が適用されることもある〔昭和63・3・14 基発第150号〕。営業社員が出社して6時間仕事をしたあと,外回りに出てそのまま自宅に直帰するケースでは,外回りの仕事については2時間労働したものとみなされ,合計8時間労働となる。

図1

 

2. 教員における事業場外労働のみなし労働時間制の取扱い

「事業場外労働のみなし労働時間制」の本則は公立学校教員にも適用される。広く行われている「みなし」の例としては,日単位の出張などがある。ただし出張のような日常的でない業務を除いては積極的な活用がされていない(その理由は,「事業場外労働のみなし労働時間制」の労使協定に関する部分〔労働基準法第38条の2第2項および第3項〕が地方公務員について適用除外されている〔地方公務員法第58条第3項〕ことと,「常態として行われている事業場外労働であって労働時間の算定が一部困難な場合には,できる限り労使協定を結ぶ〔昭和63・1・1 基発第1号〕」とされていることにある)

給特法の改正により,「事業場外労働のみなし労働時間制」の労使協定に関する部分〔労働基準法第38条の2第2項および第3項〕の読み替え規定を整備することで,教員の常態的な事業場外労働を適切に労働時間として算入することができるようになるはずである。

3. 導入されたら教員の働き方はどう変わるか?

多くの公立学校教員の1日の所定労働時間は7時間45分で休憩は45分,拘束される在校時間は合計して8時間30分である。仮に「一年単位の変形労働時間制」を適用する法改正が成立したとすると,繁忙期には(一例として)所定労働時間が9時間,休憩時間が1時間,そして在校時間は10時間のようになる。

ここで,繁忙期のある日の例として9時間のうち1時間15分を自宅や図書館など学校外で労働したものとみなすことにする。すなわち,自宅や図書館での労働時間が1時間15分とすれば,学校での労働時間は7時間45分,休憩時間45分となる。在校時間は8時間30分で,法改正以前と変わらない。

プレゼンテーション1

4. 実態に照らして導入は合理的か?

教員の自宅などでの業務,いわゆる「持ち帰り仕事」の実態は文科省によってどのように把握されているのだろうか。給特法改正による「一年単位の変形労働時間制」が提言された中教審答申(注1)の根拠とされた調査(注2)では,「持ち帰り」は「出勤時間以前,もしくは退勤時間後で働いている時間(かつ8:00以前,もしくは17:00以後のもの)」として集計されている。調査結果によれば平日の持ち帰り時間の平均は小学校教員が29分,中学校教員が20分とのことである。また,土日は小学校で1時間8分,中学校で1時間10分である。土日の学校内勤務時間には事実上「持ち帰り」として扱うべきものが含まれているであろうことや,調査項目には明示的には含まれていない自主的な研修時間を考えると,1日につき1時間15分程度を事業場外労働とみなすことは現実的な範囲にあるのではないだろうか。

また,現在のところ学期中の教員の所定労働時間は児童・生徒の在校時間とほぼ重複しているため常態的な事業場外労働を想定することが難しいが,「一年単位の変形労働時間制」の導入により教師の所定労働時間が延長されれば,ワークライフバランスの観点からも事業場外労働を前提とした法制度を整備することは考え得る合理的な方策のひとつである。

5. 技術的に導入は可能か?

先述のように「事業場外労働のみなし労働時間制」の一部は地方公務員については適用されていない。その理由は,(1)国家公務員との「権衡〔バランス。「国公準拠」と俗称されることがある:地方公務員法第24条第4項〕」をとる必要があることと,(2)職員団体が労使協定を締結できないことにあるとされる(注3)。

しかし,給特法改正案を提出した文科省は,上記(1)および(2)と同様の理由により地方公務員に適用されない「一年単位の変形労働時間制」も,労使協定により定めることとされている期間や労働時間を条例で定めることで教員には適用できると主張する〔いわゆる勤務条件条例主義,地方公務員法第24条第5項〕そうであるならば「事業場外労働の一部みなし制」についても「一年単位の変形労働時間制」と同じように時間などの諸条件は労使協定のかわりに条例により定めればよいはずである

教員に対するみなし労働時間制の適用は平成21年の「学校・教職員の在り方及び教職調整額の見直し等に関する作業部会」いらい時折話題に上り,持ち帰り時間を労働時間として算入する余地があるとされている。今回の法改正を機に議論が進展することが期待される。

6. メリットはあるか?

これまで,公立学校教員が自宅や図書館で「教材研究」をする時間は労働時間として取り扱われてこなかったが,自主的な研鑽は給特法のいう教員の「職務と勤務態様の特殊性」と不可分で,今後教員の労働条件がどのように変化しようとも途絶えることはないはずである。文科省も学校外の業務の存在は認めている。このような学校外での教材研究といった業務が労働時間として正当に評価されるようになることが第一の利点である。

国や地方自治体にとってもメリットがある。これまで文科省は「一年単位の変形労働時間制」を導入するにあたり,少なくとも繁忙期には教員の業務が所定労働時間外に及んでいることをしぶしぶ認めざるを得なかった。しかし,「事業場外労働の一部みなし制」と組み合わせることでその必要がなくなる。また,新たな予算措置が必要というわけではないから,教員に残業代を支払わないことが至上命題である国や地方自治体にとっても好都合なはずである。さらに,どういうわけか文科省は何としても「夏休みに年次有給休暇のまとめ取り」を推進したいようだが,この実現可能性にも影響はないだろう(あくまで机上の計算では…)。

個々の教員にとっては別段メリットはないが「一年単位の変形労働時間制」によって繁忙期の在校時間が延長されるよりはまだましかもしれない。

7. デメリットはあるか?

いうまでもなく,規定された時間に対してアンバランスな「持ち帰り仕事」を管理職が強要し,結果として総労働時間が増大すること,学校内での教材研究を忌避するような風潮が蔓延することが考えられる。ただし,現状このような問題が発生した際に給特法のために解決の方途が限定されていることに比べれば,多少なりとも(現在の地方公務員法や給特法で適用除外されている)労働基準法の規定を公立学校教員に適用することにも意義があるように思われる。

 

注1) 『新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)』平成31年1月25日,中央教育審議会。

注2) いわゆる「平成28年度教員勤務実態調査」。本稿では以下の報告書の53頁から引用した。『平成29年度 文部科学省委託研究 公立小学校・中学校等 教員勤務実態調査研究 調査研究報告書』平成30年3月,株式会社リベルタス・コンサルティング。

注3) この解釈については否定的な見解がある(例えば,清水敏(1994)「勤務時間の弾力化と労使協定」早稲田社会科学研究,第49号,117–134頁など)。