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「2分の1成人式と家族教育」のお話。

2分の1成人式とその問題点

タイトルに掲げた「2分の1成人式」は、その名の通り2分の1成人=10歳を迎える小学生とその保護者を対象としたイベントで、例えばこのサイトでは、保護者の実に6割以上に参加経験があるとしているように、特定の教育団体の手に留まらず、広く普及しつつある。

その目的は「子どもの未来をかんがえ、親子の関係を見直すことで新たな門出に」することなどで、具体的には、

  • 保護者を招待し、児童への手紙のが手渡されたり、
  • 反対に子どもたちからの保護者にメッセージを贈ったり、あるいは
  • 児童による様々な発表が行われる

といった内容がメジャーとされている(参考:NHK総合での放映の紹介ページ)。

ところが、この「2分の1成人式」に対しては、児童・保護者の「満足度」は概ね高いという評価もみられる反面、以下のツイートのような指摘がある:

このような疑問や反対意見は、一見すると学校教育に対する素朴な嫌悪感の表明であると考えがちであるが、それらには回収しきれない本質的な摩擦が頻繁に起こっている可能性もある。

本エントリでは、同じく「家族」を扱う家庭科では、教員はどのような意識のもとに実践を行っているのか、また上に引用したような問題の発生を未然に防ぐためにどのような検討が行われてようとしているのかを、主として米国における「家族教育(家族生活教育=family life education)」における検討をもとに紹介する。

2分の1成人式と「家族教育」

家族教育」は、一般には、家族や家庭生活に関する教育をさす。この限りにおいて「2分の1成人式」は、家族教育の範疇と言える。

いっぽう、学校教育において「家族」が扱われるのは、「2分の1成人式」が行われるような総合的な学習の時間や特別活動、道徳の時間に限らない。我が国では、家庭科においても家族教育が行われている。

家庭科における家族教育に目を向けると、家庭科に含まれる衣・食・住・家族・保育の各領域なかでもとくに「家族」領域は教員が指導に困難を感じるといわれている。

例えば、日本家庭科教育学会「家族」研究特別委員会の調査によると、以下のような困難が挙げられている:

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この報告を含む多くの研究により、主な家族教育における指導上の葛藤は、政策的な帰結である学習指導要領上の文言や教科書といった外的要因に基づくものではなく、上に示したような

児童・生徒のプライバシー保護や、家族観の対立、価値の押しつけに対する懸念

など、倫理的な不安に起因するものであることがわかっている。

冒頭に挙げた「2分の1成人式」への批判のなかでも、上記の調査にみられる指導上の困難にも共通する論点としてプライバシー問題と家族観が挙げられることから、教科外の活動において家族教育を行う際には、このような原理的な困難性が(経験上会得している家庭科教員だけでなく)携わる教員に広く共有されるべきだということがまず第一に指摘できる。

さらに、仮に「2分の1成人式」がこのような倫理的な不安を無視する傾向を生んでいるならば、それは致命的な欠点であると言える。

プライバシー問題・家族観の対立と家族教育

ところが、そのような「2分の1成人式」の欠点を把握してもなお、10歳の子どもとその保護者が「子どもの未来をかんがえ、親子の関係を見直す」ことじたいは意義あることであり、また、「生活の向上と福祉の改善」を志向するホームエコノミクスとの共通性からも、家庭科教育・家族教育における既存の研究を生かす余地があるといえる。

やや天下り的だが、米国で用いられている家族教育のガイドラインとして以下のものが有名である:

後者に挙げられている倫理的ガイドラインには、例えば

  • 親と家族関係に与える影響力について自覚する[I-1]
  • 文化的信念、背景、および相違点を尊重し、育児に対する価値や目標の多様性に配慮して取り組む[I-3]
  • それぞれの子どもの家族の文脈において理解するよう努める[II-2]

のような項目がある。このような指針を常に確認しつつ接することの重要性は我が国でも今以上に認識されるべきであろう。

おわりに

プライバシーを保護し、家族観を尊重した上で「子どもの未来をかんがえ、親子の関係を見直す」という目的を達成するためには、

  • 上記のような指針に沿い、そして
  • 専門的かつ系統的な指導もとに

家族教育を行う必要があるといえる。

なお、本エントリの執筆にあたり、文科省初中局・片田江綾子氏の以下に列挙する論文を参照した。これらは我が国における家庭科教育における家族教育の現状を把握や、アメリカにおける先駆的な研究のレビューを含むものである:

片田江綾子, 家族教育における「倫理的な指導不安」—生徒のプライバシー保護と家庭科教員の不安をめぐる現象学的研究—, 日本家庭科教育学会誌, 56(4), 194-202, 2013.

また、家族教育についての系統的指導に関して参考になる書籍として

Carol Darling, Dawn Cassidy, Lane H. Powell, Family Life Education: Working with Families across the Lifespan, 3rd ed., Waveland Press, Inc., 2014.

が近刊である。が、この本についてはまた別のお話(ただ読んでないだけ)。